殺×愛――それは主人公が童貞力を取り戻すまでの物語

世の男性は30歳まで清らかでいると魔法が使えるらしいですが、友人・ユウちゃんが「ラノベ主人公のあの良く分からない熱血は童貞力だと思う」と言っていたのになるほどそうだなぁ、と感心すること仕切りです。けして童貞だというのが悪いわけではないんです。しかし何だか妙に納得できますよね。上条さんは童貞、一方通行さんも多分童貞。あかほりラノベの主人公なんて皆恐らく童貞です。

……そう考えた時に『殺×愛』(風見周 全8巻)ってまさに主人公が童貞力を取り戻すまでの物語だなぁ、と思ったわけです。
以下ネタバレ回避推奨↓

殺×愛7―きるらぶSEVEN (富士見ファンタジア文庫)

殺×愛7―きるらぶSEVEN (富士見ファンタジア文庫)

殺すために恋をして×死ぬために愛しあう――
これは、世界を救うための、恋物語

殺×愛』は主人公・椎堂密がある日突然、相思相愛の相手に殺されなければ世界を滅ぼしてしまう存在・オメガになってしまう、というある日突然セカイ系ラノベです。密が死ねば、世界は救われる。しかしそれは相思相愛の相手の手によってでないと成し遂げられない、そういうルール。世界滅亡の始まりの日が来てしまってからは、セカイはあちこちで天使による襲来で壊滅状態になっていたりして、荒廃の一途を辿っています。
密くんは相思相愛の人間以外に傷つけられてもすぐに治癒能力が働くイケメンです。それはすなわち、自分のせいで世界は滅びていくのに、自分は傷一つつかずに生き残ってしまう、ということ。それに耐え切れなかった密くんは、幼馴染を傷つけたり妹に手を出してみたりして色々とアレな状態になっていき、どうしようもなくなってやさぐれていくわけなんですよね。この辺りで彼は童貞力を喪失しています。世界滅亡の前の瞬間の、幼馴染に手を差し出されて握り返すか返さないか逡巡している童貞思考なんて欠片もなくなってしまっているのです。そんな彼を救った一人目がイブ。ほとんど回想のみの登場ですが、自分を癒してくれた存在として、密くんからは神聖不可侵状態の愛情を向けられます。『セカイを救うため』にしてきた他の人たちとの体だけの恋愛が、彼女への純粋な恋心で塗り替えられていくのです……何という童貞力万歳。しかしながら、戦いの中で彼女が行方不明になって、密くんに残されたのは「卒業の日に必ず殺してあげる」という約束だけになってしまうのです。
というわけで、物語が始まる冒頭、密くんはもう滅びそうな世界をあと一年、高校卒業の日まで生きながらえさせ、彼女と再会するためだけに、ありとあらゆる手段を講じる『偽悪者』となっています。イブのおかげで折角童貞力を取り戻しかけていたのに、結局またやさぐれ逆戻りです。そんな密くんは、彼を救う二人目のヒロイン・サクヤのおかげで、また年相応の童貞力を取り戻そうとしていたんですが、そこに立ちふさがるのはずっと主人公を想っていた幼馴染・来夏。いやぁ……酷い三角関係……どろどろの修羅場でした。これでは取り戻せる童貞力も取り戻せません。まぁこの辺は実際に読んでもらった方が良いです。愛の正直さって残酷だよね。

ところがですね、この話、ラストはどうなるかと言うと、二人はセカイを救うため、サクヤが密くんを手にかける、という選択をしたわけなんですが、そうしたらセカイがどうやって救われたかってーと……時間巻き戻ったー!! やさぐれる前の中学生時代ktkr! という賛否両論な展開でした。しかしまぁこの後の密くんと言ったら見もので、もう一度サクヤと出会うため、必死に駆けずり回るのです。密くんは元のセカイの記憶を持ったままなんですが、それがあるからこそなのか、童貞力を取り戻しているのは、恋愛原理主義者・高天原A(元のセカイでは密と恋愛に関する意見が対立気味)との以下の会話からも明らかでしょう。

「なんのために、私の力を欲する」
「愛のために」

……げに恐ろしきは童貞力。
というわけで、『殺×愛』(風見周 全8巻)を、マイナーながらもピカイチの童貞力を持った作品としてお勧めいたします。